19.2012
一本松の願い


震災前、高田松原には約7万本の松が茂っていましたが
2011年3月11日、東日本大震災での津波を受けて
殆どの松が根元から折れてしまいました。
そんな中、1本だけ残ったのが、写真の「奇跡の1本松」と呼ばれている松です。
樹齢250年を越える老松。
この奇跡的に生き残った松は、被災地の方々の心の支えとなりました。
震災後には、この松を甦生させようと日本緑化センターの方々が全力を尽しました。
しかし昨年末、塩水に浸かった根元が腐り、蘇生は絶望的との事で再生を断念。
震災から1年後の2012年3月11日・・・
蘇生は絶望的と言われた1本松は、震災直後と変わらぬ姿で高田松原の海岸に立っていました。
今後は、樹脂等で固める方法や、クローン技術を使った再生や接ぎ木での保存等
専門家の方により様々な保存方法が検討されているそうです。
しかし一方では、被災者の方々の避難生活が長引く中、
この松の保存にどれ程の費用をかけられるのか・・・といった声も上がっているとの事ですが
接ぎ木等で高田松原の松を少しでも残す事が出来るよう願っています・・。
※今回は追記記事有。下のリンクよりどうぞ。
写真1枚目:海岸の砂浜側から見た1本松
写真2枚目:奇跡の1本松の下に書かれたメッセージ
「少し休みます。枯れても切らないでね。変わった形で甦りますから。」
撮影地:岩手県陸前高田市

*** Ruins Blog Village ***
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11.2012
東北からのメッセージ
昨日、今日と東北地方を訪問してきました。
先程帰宅したばかりで時間的な余裕がありませんので^^;
写真は数枚のみとなってしまいますがアップ致します。
下の写真は約1年ぶりの南三陸町の様子です。
本日の14:46の記事写真と比較してみて下さい。
サイズが小さくて分かり難いかと思いますが、瓦礫が片付いて大分綺麗になっていますね。
実際に下の町を歩くと、大分綺麗になっているのが分かります。
写真:宮城県南三陸町
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元々住宅が建てられていた場所に、こいのぼり用のポールが立てられています。
そのポールに向かって掲げられた幸せの黄色いハンカチが、強風に靡いていました。
1枚1枚のハンカチには、様々な文字・・・、 「想い」が綴られています。
写真:岩手県陸前高田市

岩手・宮城・福島・・・
津波で壊滅状態になった沿岸部の地域では、プレハブ小屋の店舗を多数見掛けました。
コンビニ・薬局・美容院・漫画喫茶・商店・ガソリンスタンドetc・・・
様々なお店がプレハブ小屋で営業を再開しています。
復興に向けて少しずつ歩みを進めている東北地方。
しかし実際には、復興を祈るばかりでは進まない厳しい現実がある様です。
写真:宮城県南三陸町
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『全世界のみなさん、ありがとう』と書かれた壁面。
これは、震災1年の節目に向け、市内の中学校4校が協力して作成したメッセージです。
下に飾られているのは、10日間で折りあげたと云う5307羽の鶴。
被災地より、感謝の気持ちを表したメッセージです。
写真:宮城県南三陸町
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先程帰宅したばかりで時間的な余裕がありませんので^^;
写真は数枚のみとなってしまいますがアップ致します。
下の写真は約1年ぶりの南三陸町の様子です。
本日の14:46の記事写真と比較してみて下さい。
サイズが小さくて分かり難いかと思いますが、瓦礫が片付いて大分綺麗になっていますね。
実際に下の町を歩くと、大分綺麗になっているのが分かります。
写真:宮城県南三陸町
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元々住宅が建てられていた場所に、こいのぼり用のポールが立てられています。
そのポールに向かって掲げられた幸せの黄色いハンカチが、強風に靡いていました。
1枚1枚のハンカチには、様々な文字・・・、 「想い」が綴られています。
写真:岩手県陸前高田市

岩手・宮城・福島・・・
津波で壊滅状態になった沿岸部の地域では、プレハブ小屋の店舗を多数見掛けました。
コンビニ・薬局・美容院・漫画喫茶・商店・ガソリンスタンドetc・・・
様々なお店がプレハブ小屋で営業を再開しています。
復興に向けて少しずつ歩みを進めている東北地方。
しかし実際には、復興を祈るばかりでは進まない厳しい現実がある様です。
写真:宮城県南三陸町
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『全世界のみなさん、ありがとう』と書かれた壁面。
これは、震災1年の節目に向け、市内の中学校4校が協力して作成したメッセージです。
下に飾られているのは、10日間で折りあげたと云う5307羽の鶴。
被災地より、感謝の気持ちを表したメッセージです。
写真:宮城県南三陸町
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11.2012
201103111446

上の写真は、去年(2011/4/29)に宮城県南三陸町の
志津川中学校で催されていた福興市へ行った時の写真になります。
ボランティア団体「絆」の少年が
津波で流された町を静かに眺めています。
こちらの志津川中学校は高台に建てられています。
震災のニュース等で、この高台からの映像が流れているのを観る事がありますよね。
私が訪問した際にも、数多くの報道カメラマンが待機していました。
福興市の行われている校舎には、
地元漁師さんのものでしょうか・・・何十枚もの色鮮やかな大漁旗が校舎の壁を飾っていました。
また、校庭には小さなコンサート会場が作られており
小さな舞台上では、「朧月夜」を三味線演奏されている方がいました。
ニュースでも取り上げられていた福興市でしたが、人がまばらな会場に響き渡る朧月夜。
その会場には、何となくしんみりとした寂しげな空気が漂っていた気がします。
震災から1年が経ちましたが、震災の爪痕が残されたままの地域は数多くあり
厳しい現実に立ち向かっている方々が、きっと沢山いらっしゃる事と思います。。。
改めて、震災により亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げるとともに、
1日も早く復旧出来る事をお祈り致します。
2012年3月11日

*** Ruins Blog Village ***
07.2012
祈
写真:宮城県女川町

写真:宮城県気仙沼市

写真:宮城県南三陸町

震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
2011年3月12日 土曜日 、 福島・宮城の廃校へ行く予定でした。
海を見ながら旅をしたかったので、海沿いの道路を通るルートを考えてました。
もし一日タイミングがズレていたら、津波について無知な私は助からなかったんだろうな
そう思うと凄く怖くなりました。あと、1ヶ月程で1年が経つのですね。
16.2011
宮城県女川町石浜字崎山
今夜は久々に、東北地方震災関連の記事を更新します。

現在、東北の金華山観光ホテルの記事をアップ中(少しサボり気味ですが・・)ですので
東北の離島「金華山島」に程近い、宮城県女川町の津波後の様子をアップいたします。
今回は女川湾を一望する事の出来る「崎山展望公園」の写真を。
下は公園の中央辺り。地割れの跡が残っています。

この写真を撮影した日は今年5月初旬でしたが
崎山展望公園は、海沿い且つ高い場所に位置している為、
崩落する恐れがあるという事で立入禁止区域に。

公園から、女川港方面を見た所。
中央に見える茶黒い建物がマリンパル
そしてその手前に突き出ているのが、女川-金華山航路の乗船所です。

また、更に右側の方へ眼を向けると、3階建ビル程の高さのある瓦礫の山が見えます。

次回は遠くに見える女川港の方へ向かいます。


撮影地: 宮城県牡鹿郡女川町石浜字崎山地内 「崎山展望公園」